花が咲き誇る小さな国の王女・ジゼルには、十四歳になったある日、ライナーという十歳の弟ができた。 楽しい日々を過ごすジゼルだったが、ある日ライナーに好きな人がいるらしいことを聞いてしまう。 そこでジゼルは、自分がライナーに恋心を抱いているのだと気がついた。 しかしライナーにはもう好きな人がいる。 恋を知った途端に失恋も知ったジゼルは、自分の気持ちを押し込めるためにライナーから距離を取り、自身の婚約者候補を探し始めるが……。 ・表紙イラスト&タイトルロゴ:むなかたきえ様(@kkkie_m)
view more部屋に入ったジゼルは思い切り面食らった。
もしもジゼルが、「今まで生きてきた中で最も戸惑った出来事を挙げろ」
と言われたら、ジゼルは「まさに今」と答えるだろう。
「ああ、来てくれたね、ジゼル」
しかし父のピエールはジゼルの戸惑いに気づいていないのか、満面の笑みを浮かべて言う。
「ほら、ジゼル。この子がお前の弟だよ。とても可愛いだろう? 名前はね、ライナーだ」
ジゼルのテーブルを挟んだ向かい、長椅子に座ったピエールがニコニコとしながら自身の右横を示す。ジゼルはその『弟』を三十秒の間きっかり見つめた後、父へ視線を戻した。
「……あの。お父様……」
「なにかな?」 「私がこの小国の王女として生を受けて、十四年が経ったのわ。お父様のことや、王族の務めに関することも、少しは理解できたと思っていたの」 「それはいいことだね」 「だけどたった今、その考えが傲慢だったってことをまざまざと思い知らされたわ」口からは思わず深いため息が漏れてしまったが、それも仕方のないことだ。
「少し質問をしてもよろしい?」
「もちろんだとも」 「私はつい今しがたまで、国王ピエールのたった一人の子であったと思うの。この認識は違っていたのかしら?」 「いいや、違わないよ。王女ジゼルは、王妃コリンヌが私に残してくれた宝物だ。唯一にして最高のね」臆面もなくそう言ったピエールが、ジゼルと同じ青い色の瞳を細める。頬に血が上るのを感じ、ジゼルは照れ隠しのために一度咳払いをした。
「そ、そう。では、この『弟』はどういうこと?」
ジゼルはピエールに向けていた顔を、再びほんの少し左へ移動させる。そこでは先ほどと同じようにライナーが行儀よく“座っていた”。
つまり、たったいま紹介されたばかりの『弟』は生まれたての赤子ではないのだ。外見からするとライナーは十歳ほどだろうか。少し癖のある短い髪は黒色で、瞳は眩いほどの黄金色をしている。ピエールはジゼル同様に金の髪と青い瞳なので、ライナーの髪も瞳も、相手の女性譲りの色かもしれない。
ライナーの整った顔立ちは女の子のように愛らしく、着ている赤色の上下が良く似合った。しかしこの服は新品には見えないので、ピエールが子どもの頃に着ていたものなのだろうとジゼルは推測した。自身の服を譲るのだから、ライナーがピエールにとって大事な子なのは間違いがない。「王位の継承権を持つ子どもが私一人だけという状態は不安定だから、お父様が王族の務めとして他の女性との間に子を成すことは否定しないわ。何しろお母様が亡くなられてからもう十二年ですものね。……でも、お父さまが懇意にされている女性がおられるなんて知らなかった。ライナーの年齢から考えるとかなり前からお付き合いされていたようだけれど、その方はどちらにおいでなの?」
黒い髪はともかく、ジゼルはこの国で黄金色の瞳を持つ者を見たことがない。もしかすると父の相手は外国の女性なのだろうか。そう思いながら尋ねると、
「……私が懇意にしている女性、か……」
柔らかく笑っていたはずの父が表情を一変させた。彼の眉間にはくっきりとした皺が刻まれる。
「ジゼル。私が今までに愛した女性はコリンヌただ一人だ。よって私の子もジゼルただ一人しかいない。合わせて言っておくがコリンヌも同じはずだよ。ここは重要なところだから、きちんと覚えておくように。いいね?」
「あ……はい。ごめんなさい、お父様」父の雰囲気に押されて神妙な顔つきで頷いたジゼルだったが、なんだか妙に生々しい話をされた気がする。小さく頭を振って考えないようにして、ジゼルは背筋を伸ばして口を開いた。
「……では、ライナーは一体どこの子? どうして私の弟なの?」
「いい質問だね」再び笑みを浮かべ、ピエールは言う。
「確かにライナーは私の子ではない。ただし、この王家と無縁の血筋というわけでもないんだ。覚えているかな、ジゼル。お前は昔、ライナーと会ったことがあるんだよ」
未だ一言も発しないライナーは初めからずっと微笑んでいるが、ジゼルが顔を向けたときに一瞬だけ体を固くした。今は顔もわずかに青ざめている。ジゼルは、せっかくなら赤い色の頬を見たいのにと思った。この可愛らしい顔立ちの少年の頬が朱に染まればきっと可愛だろうなと。
その途端、ジゼルの脳裏によぎる姿があった。
|あ《・》|の《・》|と《・》|き《・》青ざめた顔をうつむかせていた彼は、ジゼルが挨拶すると顔を赤らめてくれたはずだ。まさか、と思いながらジゼルは目の前の少年を見つめる。「ええと……おはよう。今日もいい天気ね」
なんとか当時の挨拶を思い出して言ってみると、少年はぱっと顔を輝かせて答えた。
「おはようございます。とても気持ちがいいですね」
少年の頬に血の色が戻って来た。赤く染まった愛らしい顔を見ながらジゼルは思い出す。
そう、確かに、ジゼルが彼と会うのは初めてではない。だがそれを、この国に来たばかりの少年に言う訳にはいかない。 ジゼルはなるべく明るく笑って、なんとか軽い口調を装う。「それよりも、ライナー。自分のお部屋が城のどこにあるか覚えてるかしら?」「ええと……」 呟いて左右を見回し、ライナーは眉尻を下げる。「……分かりません」「だと思ったわ。じゃあ、私が連れて行ってあげる」「義姉様は僕の部屋をご存知なのですか?」「いいえ。でも、分かるの」 ピエールの部屋を出たジゼルはライナーを連れて廊下を曲がり、階段を降り、また廊下を進む。一枚の古びた重厚な扉を開けると、そこには子どもでも使いやすい大きさの家具がいくつも置かれていた。「どう?」「当たりです! 義姉様すごい! 魔法みたいです!」 頬を赤くして叫ぶ義弟の賞賛を、ジゼルはくすぐったい思いで受け取る。もちろんこれは魔法などではない。 この王城は国の規模に見合う小さなもので、部屋の数も多くない。よって城内をよく知るジゼルはライナーの部屋がどこなのかすぐ見当がついただけなのだった。 部屋の奥にある大きな窓を開けてバルコニーへ出ると、風が二人の髪ををふわりと撫でていく。「今度はここでお話しましょうか」「はい!」 笑顔のジゼルに応えてライナーが笑顔でうなずき、「いい匂い……」 目を細めて胸いっぱいに空気を吸い込んだ。 その様子が嬉しそうだったのでジゼルも幸せな気分になる。この国では一年を通して何かしらの花が咲いているので、吹く風はいつも甘い。もしもこの香りを疎まれたらどうしようと思っていたのだ。「ね。ライナーはいつ城に着いたの?」「今日の朝です。馬車がついてすぐ義父様にご挨拶を差し上げて、身支度を整えて、食事をいただいて。そのあと、義姉様にお会いしました」「そうだったの」 思い返してみると確かに今日は城内が少しざわついていた気がする。あれはライナーが来たためだったのだろう。「じゃあ、帝国を発ったのは?」「ええと……先月のはじめです」「ずいぶんかかるのね。やっぱり帝国は広いわ。なのにうちの国に入ったら王都まですぐだったから、びっくりしたでしょう?」「……そんなことは」「あるって感じね」 ちらりと様子を窺うと、ライナーは顔を赤くしている。「……すみません、ちょっと思いました。でもちょっとだけ、です」 うん、と頷いてジゼルは小さく
あまりに無遠慮で驚いたのか、それとも触られるのが嫌だったのか。いずれにせよ、ライナーが嫌なら止めた方がいい。 そう思ったジゼルが手を離そうとしたちょうどそのとき、ライナーは体の力を抜いて、おずおずと手を握ってくれる。その力が思いのほか強かったのでジゼルは安堵し、手を繋いだまま扉の方へ一緒に進む。 控えていた老臣がいなくなったので扉はジゼルが開けた。何しろ国が貧しいせいで城内に人手は少ない。身の回りの世話をする者たちですら何かしら別の役目を担っているのが主なので、王女といえども大半のことは自分の手で出来るようになっていた。「王女殿下、もうご退出ですか?」 外で控えていた護衛の騎士が目を丸くして尋ねてくる。「ご予定よりずっと早いのではありませんか?」「そうなんだけど、お父様がお熱を出されてしまって」「左様でございましたか……」 納得したように呟いた騎士は、すぐに困った様子を見せる。「それはご心配ですね。しかし王女殿下の護衛は少し外しておりまして」「私がもうしばらくお父様の部屋にいると思っていたんでしょう? 仕方ないわ」 うま味の少ないこの小さな国は他国から狙われることもなく、呑気で陽気な民たちは暴動と無縁だ。 役目をおろそかにしているわけではないが、父娘が一緒にいるときどちらかの護衛が他の場所へ何かしらの手伝いに行くのは良くあることだったので、ジゼルはこの状況にも慣れていた。「じゃあ、戻ってきたら伝えてくれる? 私はライナーの部屋に行くから、後で来てちょうだいって」「かしこまりました。王子殿下のお部屋、ですね」「そう。私の|義弟《おとうと》よ!」 ジゼルの言葉に合わせ、騎士はジゼルにするのと同じ礼をライナーに向けても送ってくれる。それが心から嬉しかった。「これでいいわ。さ、行きましょ、ライナー」 しかしライナーからの返事はない。どうしたのかと思いながら隣を見ると、ライナーは浮かない顔をして床を見つめている。「ライナー? どうしたの?」 改めて問いかけると、ライナーは思い切ったように顔を上げた。「|義姉様《ねえさま》。|義父様《とうさま》は、心配ありませんか?」「……ええ、大丈夫よ。何も心配ないわ」 ライナーを安心させようと、ジゼルはわざと強めに言い切る。「お父様がお熱を出されるのはよくあることなの。医者も慣れているし、
五年前にライナーと会ったとき、ジゼルはフラヴィにも会っている。 そのときフラヴィが教えてくれた話、それが竜と『竜の子』に関する話だ。「事情は分かったわ、お父様。ですからこのお話は終わりにしましょう」「終わりにしてもいいのかな?」「ええ、いいわ」 『竜の子』にまつわる話を改めてする必要などない。(あんなの、帝国の皇帝が最低な人物だというだけの話だもの) ジゼルはどことなく不安そうな表情のライナーに向けて笑ってみせる。この国に来たからにはライナーにもう|辛《つら》い思いはさせない。「安心して、ライナー。これからは私たちがあなたを守ってあげるから」「……|義姉様《ねえさま》……」 愛らしい声で呼ばれてジゼルの胸の奥がむず痒くなる。ライナーに自分のことをもっと呼んで欲しくてたまらなくなる。「ライナー」「はい、義姉様」 呼ばれると先ほどと同じように胸はときめく。 しかし一方で不可解な気分も生まれて来た。「義姉様」と呼ばれるのは嬉しいのだが、何かが違うような、何かが足らないような、そんな奇妙な気分だ。「……ライナー」「義姉様……」 更に呼んで、また呼び返してもらう。 応じるライナーの目は熱に浮かされたように潤んでいるが、眉はほんのわずか中央に寄っていた。その表情を見て思った。彼もまたジゼル同様、まだ何かが足らないような気がしているのだ。 喉に何かが詰まったかのようなもどかしい気持ちのまま、ジゼルはもう一度ライナーの名を呼ぼうとする。そのとき、横から朗らかな笑い声が聞こえた。「良かった。二人は仲良くできそうだね」「あ」 思わずあげた声は二人分だった。ジゼルは目の前のライナーと顔を見合わせ、また二人で同時に吹き出す。どうやらジゼルだけでなく、ライナーもピエールの存在を忘れていたらしい。「ごめんなさい、お父様。でも、わざとではないのよ」「いいんだ。……いや、ここはむしろ二人の邪魔をした私が謝らなくてはいけないのかな?」 声を弾ませるピエールも、ライナーと同じく熱に浮かされたかのように目が潤んでいた。 その姿にジゼルはふと違和感を抱く。(どうしてお父様までこんな顔をなさってるの? ……まさか) 嫌な予感が胸をよぎり、ジゼルはつかつかとピエールの横へ歩み寄る。「うん? どうしたんだい、ジゼル。もっとライナーと話をしていていいん
「僕、明日になったら国に向けて出発するんです。でも本当はもっとここにいたいです」 訴える瞳は真剣だった。このままだと従弟は「帰りたくない」とぐずり、周囲に迷惑をかけるかもしれない。 そう思ったジゼルは腰を屈めて従弟と視線を合わせた。ここは自分がきちんと言い聞かせるべきだ。何しろジゼルは従弟より四歳も年上の“お姉さん”なのだから。「駄目よ。あなたや叔母様が予定通りに戻らなかったら、国同士の問題になるかもしれないの。そうしたら、みんなが困るわよね」「……はい……」「では、ちゃんと帰らなくてはいけないわ」 夕日を浴びる従弟はうつむき、肩を落とす。その小さい姿はひどく哀愁を漂わせていて、ジゼルはなんだかとても悪いことを言ってしまった気分になった。 ただ、本音ではジゼルだってこの従弟とまだまだ一緒に遊びたい。それでジゼルは彼に言い聞かせると見せかけながら、実際には自分にも言い聞かせるために付け加えた。「そうね。次は、長く滞在する許可をいただいてから花の国へ来るといいわ。そうしたら私ともまたたくさん遊べるもの」 しょげていた従弟は途端に顔を輝かせた。「僕、また来てもいいんですか?」「もちろんよ。待っているから、必ず来て」 従弟は両手を上げて「ぜったい来ます! 約束します!」と叫ぶ。周囲にいた帝国の召使が目を丸くしていたのが印象的だった。 しかしその出会いから二年後、隣国からもたらされたのは従弟の来訪ではなく「フラヴィが死去した」という手紙だった。 ジゼルも、ジゼルの父ピエールも大いに悲嘆に暮れ、王宮も暗い空気に包まれた。あの日々のことをジゼルはまだ覚えている。 それから三年ばかり月日が流れた今日という日に、まさかこんなに嬉しいことが起きるとは。「フラヴィ叔母様の息子、私の従弟殿! 今度はずいぶん長く滞在する許可をいただいてきたのね!」「はい!」 成長した四歳年下の従弟は満面の笑みを浮かべたまま、そして真っ赤な顔のままで長椅子から立ち上がり、優雅に頭を下げる。「改めてご挨拶申し上げます。――僕の名前はライナー。今日からよろしくお願いします、ジゼル|義姉様《ねえさま》!」 五年ぶりに聞いたライナーの声はとても美しかった。 声質は柔らかく、鈴が鳴るように澄んでいて、天上の音色とはこういうものなのかもしれないと思わせてくれる。 こんな子が自
ジゼルが生まれたこの花の国は大陸内でも小さい方に入り、そしてお世辞にも豊かとはいえない。 隣には大陸で最大の版図を誇る『帝国』があるのだが、そのむかし武力で各地を制圧した帝国がこの花の国を攻め落とさなかったのは「ここを領土として組み込んでもなんの価値もないと判断した」ためだと言われることすらあるほどだ。 しかし例えそれが真実だったとしても、ジゼルは花の国も、国の陽気な民のことも大好きだったし、王女として生まれたことに誇りを持っていた。 ジゼルの母である王妃コリンヌが早くに亡くなったあと、国王である父のピエールは後添えをもらわなかったので、ジゼルに血のつながった兄弟はいない。 ただ、従弟はいる。ジゼルの父であるピエールには妹がいたからだ。 ジゼルにとって叔母にあたる彼女は、名を「フラヴィ」という。 夢で未来を見るという|稀有《けう》な力を持つフラヴィは、美女としても有名だった。年頃になったフラヴィの元にはいくつもの縁談が持ち込まれ、最終的にフラヴィは帝国の貴族の下へ嫁いで行った。ジゼルが三歳だったときのことだ。 まだ小さかったジゼルは当時の記憶がほとんどないのだが、ただ一つだけ、嫁ぐ前日のフラヴィがジゼルの部屋へ訪ねて来たときのことを覚えている。「ジゼル。いつか私の子と会ったら、仲良くしてあげてね」 フラヴィはそう言って、ジゼルに黄色い花を渡してくれた。 そうして帝国へ行ったフラヴィは一年後に子を産んで、さらにその五年後に子を連れて花の国へやって来た。ジゼルは九歳になっていた。 フラヴィの子――つまりジゼルの従弟は黒い髪をした五歳の男の子だったので、ジゼルは「叔母の結婚相手は黒い髪の人なんだな」と思った。フラヴィの髪は、ジゼルやジゼルの父と同じ金色だったからだ。 叔母と従弟は花の国の離宮に五日滞在した。ジゼルはそのうちの三日を従弟と一緒に過ごした。 一日目、従弟はとても不愛想だった。用意された椅子に座ったまま動かず、何かを示しても渋々といった具合にちらりと見るだけで、話しかけても|碌《ろく》に返事もしない。仲良くなろうとするジゼルの努力は何一つ成功しないまま夕刻を迎え、少年は「では」との短い言葉だけを残して去ってしまった。ジゼルは大いに気落ちしてこの日を終えた。 二日目。昨日の反省からなのか、従弟は最初からとても元気だった。あちこちをぱ
部屋に入ったジゼルは思い切り面食らった。 もしもジゼルが、「今まで生きてきた中で最も戸惑った出来事を挙げろ」 と言われたら、ジゼルは「まさに今」と答えるだろう。「ああ、来てくれたね、ジゼル」 しかし父のピエールはジゼルの戸惑いに気づいていないのか、満面の笑みを浮かべて言う。「ほら、ジゼル。この子がお前の弟だよ。とても可愛いだろう? 名前はね、ライナーだ」 ジゼルのテーブルを挟んだ向かい、長椅子に座ったピエールがニコニコとしながら自身の右横を示す。ジゼルはその『弟』を三十秒の間きっかり見つめた後、父へ視線を戻した。「……あの。お父様……」「なにかな?」「私がこの小国の王女として生を受けて、十四年が経ったのわ。お父様のことや、王族の務めに関することも、少しは理解できたと思っていたの」「それはいいことだね」「だけどたった今、その考えが傲慢だったってことをまざまざと思い知らされたわ」 口からは思わず深いため息が漏れてしまったが、それも仕方のないことだ。「少し質問をしてもよろしい?」「もちろんだとも」「私はつい今しがたまで、国王ピエールのたった一人の子であったと思うの。この認識は違っていたのかしら?」「いいや、違わないよ。王女ジゼルは、王妃コリンヌが私に残してくれた宝物だ。唯一にして最高のね」 臆面もなくそう言ったピエールが、ジゼルと同じ青い色の瞳を細める。頬に血が上るのを感じ、ジゼルは照れ隠しのために一度咳払いをした。「そ、そう。では、この『弟』はどういうこと?」 ジゼルはピエールに向けていた顔を、再びほんの少し左へ移動させる。そこでは先ほどと同じようにライナーが行儀よく“座っていた”。 つまり、たったいま紹介されたばかりの『弟』は生まれたての赤子ではないのだ。 外見からするとライナーは十歳ほどだろうか。少し癖のある短い髪は黒色で、瞳は眩いほどの黄金色をしている。ピエールはジゼル同様に金の髪と青い瞳なので、ライナーの髪も瞳も、相手の女性譲りの色かもしれない。 ライナーの整った顔立ちは女の子のように愛らしく、着ている赤色の上下が良く似合った。しかしこの服は新品には見えないので、ピエールが子どもの頃に着ていたものなのだろうとジゼルは推測した。自身の服を譲るのだから、ライナーがピエールにとって大事な子なのは間違いがない。「王位の
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